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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和56年(ラ)33号 決定

抗告人 新井勝司

右代理人弁護士 野村侃靱

同 今井覚

相手方 中西博志

主文

原決定及び金沢地方裁判所が昭和五六年七月二四日原決定添付別紙物件目録記載の不動産に対してなした不動産引渡命令中、抗告人に関する部分を取消す。

相手方の抗告人に対する右不動産引渡命令の申立を棄却する。

本件申立及び抗告費用はすべて相手方の負担とする。

理由

抗告代理人は、「原決定を取消し、更に相当の裁判を求める。」旨申立てた。その理由は別紙「即時抗告申立理由書」(写)記載のとおりである。

よって審按するに、本件記録及び競売事件記録によれば、原決定添付別紙物件目録記載の土地、建物(以下、本件土地、建物という)は、抗告人の父である申立外新井勝美の所有であるところ、右新井勝美は昭和五三年一二月一三日抗告人の申立外共栄信用金庫に対する三〇〇万円の金銭消費貸借による債務を担保するため右土地、建物につき抵当権を設定し、同日その登記を了したこと、右共栄信用金庫において右抵当権の実行として原裁判所に本件土地、建物の競売を申し立て(同裁判所昭和五五年(ケ)第一〇一号)、同裁判所は昭和五五年七月二八日本件土地、建物につき不動産競売手続開始決定をなし、同決定は同年八月二日債務者たる抗告人及び所有者たる新井勝美にそれぞれ送達され、また同年七月二九日競売申立記入登記がなされたこと、その後所定の手続を経て右競売事件は進行し、昭和五五年一二月二六日相手方に対し本件土地、建物の競落を許す旨の決定が言渡され即時抗告、特別抗告はいずれも却けられて確定し、相手方は昭和五六年七月一七日競落代金金額を支払い、これにより本件土地、建物の所有権は相手方に移転し、同年同月二〇日これを原因とする所有権移転登記手続を経由し、その後相手方が本件不動産引渡命令を申立て(同裁判所昭和五六年(ヲ)第一二八号、第一三一号)、原裁判所は同年七月二四日本件土地、建物を相手方に引渡すべきことを命ずる本件不動産引渡命令を発したこと、本件建物については、抗告人と申立外新井勝美との間に昭和五一年一月一五日、右新井勝美を賃貸人抗告人を賃借人とし、賃料一か月につき八〇〇〇円、毎月末日翌月分払、敷金五〇万円、期限の定めなし、のほか特約条項として賃借権の譲渡、転貸を禁止する旨の建物賃貸借契約が締結され、抗告人は少くとも右賃貸借契約締結当時から本件建物にその家族とともに居住していることがそれぞれ認められる。

しかして、右認定事実によると、共栄信用金庫の有する前記抵当権設定の日時と抗告人の前記賃借権取得および本件建物の占有取得日時の先後関係からみて、抗告人の有する本件建物の賃借権は、抵当権者たる共栄信用金庫に対抗し得るものというべく、従ってまた競落人たる相手方に対しても右賃借権を対抗し得るものというべきである。

民事執行法附則四条により廃止前の競売法三二条二項によって準用される改正前の民訴法六八七条による不動産引渡命令については、競売によって消滅する抵当権に対抗し得る賃借人に対してはこれを発し得ないこというまでもない。

原決定はこの点について、抗告人が本件建物の所有者新井勝美と親子関係にありしかも本件競売の基礎となった抵当権の被担保債権の債務者であるから前記民訴法六八七条の債務者に該当すると解すべきであるとするが、そのように解すべき根拠はない。原決定は、自らの債務の担保に供された父所有の建物に居住している抗告人としては、抵当権実行の暁には右建物を競落人のために明渡すことを当然覚悟すべきであるとの見解によるものと解されるが、さりとて抗告人の有する右賃借権の対抗力を本件債権債務の関係とは無縁の第三者の有する賃借権のそれと別異に評価すべき法的根拠は存しない。

してみると、その余の抗告理由について判断するまでもなく、抗告人に対する本件引渡命令はこれを発し得ない者に対してなされたものであるというべきであるから、取消しを免かれない。

よって、右と結論を異にする原決定は取消しを免れず、本件抗告は理由があるから、本件申立及び抗告費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 黒木美朝 裁判官 川端浩 松村恒)

〈以下省略〉

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